「介護について」          篠山市立篠山中学校2年
 私が中学1年の時の3月、父方の祖父が亡くなりました。92歳でした。そして、残された祖母は、私達の家で一緒に暮すことになりました。
 以前から、祖母の家に遊びに行くと同じ事を何度も言っていて、
「おかしいな」と思っていました。こっちで暮らすようになり、病院で脳の検査をしました。やっぱり、認知症でした。「そうかな」とは思っていたのですが、はっきりとした診断を聞くと、やっぱりショックでした。認知症は、身近にあることなんだ、と思い知らされた気分でした。
 同じ家で暮らしはじめると、今まで見えなかった部分がたくさん見えてきました。好きな物しか口にしないこと、自分を清潔に保とうとしないこと、自分で何かをしようとしないこと・・・。本当に、たくさんの部分が見えてきてしまって、すごく嫌だと思ってしまいました
「病気のせいだ」・「年をとったからだ」と、自分の中で納得しょうと思ったけれど、今でもどうしても納得できずにいます。
 私も、祖母が家へ来たばかりの時は、何かと声をかけたり、ぬり絵に誘ったりもしていました。けれど、日がたつごとに何度も同じことをする祖母が煩わしくなり、あまり声をかけなくなっていきました。本当はちゃんとやらないとと思うのに、祖母につい素っ気ない態度をとってしまいました。心の中で祖母を邪魔者のように思ってしまう自分が、本当に嫌で、すごく辛かったです。最近、私はこうして、祖母から逃げてしまたように思います。 
そして、私の家族も。 しかし、母だけは違いました。私や姉は学校、父は仕事へ行っている間も、ずっと祖母の世話をし続けています。グチを言う時もあるし、すごく疲れてグッタリしている時もありますが、それでもやる事は絶対にちゃんとやっています。それは、本当にすごいことだと思います。きっと、今のわたしには耐えられないことだと思います。
 今、母は祖母の世話をほぼ一人で引き受けています。そんな母を見て私は、自分が何も出来ないことにいらだっていました。やろうと思うのに行動にうつせず、母が大変な思いをするのを、ただ見ていただけでした。 今、ニュースや新聞では、介護を苦に自殺をしたり、介護放棄や殺害といった事件をよく目にします。
 祖母が家に来るまでは、
「そんなことは信じられない。」と思っていました。しかし、祖母が家へ来てから、介護の辛さを身にしみて感じました。そして介護というのは、外からは見えない、逃げられない責任なんだと痛感しました。
 私は、母をたすけられるようになりたいと思っています。そして、できるならニュースになるような事件が少しでも減る手助けできればと考えています。 私は今、将来介護職に就くことを、真剣に考えはじめています。世の中には母のように大変な思いをしている方が数え切れないほどいると思います。そして少子高齢化社会の今、少しずつ一人にかかる介護の負担も増えていっているはずです。その大変さ、辛さを知ったからこそ、私は少しでもその負担を軽くできたらと考えたのです。
 介護は、人ごとではありません。 いつ、何があるか分からないし、自分だっていつかは介護をうけるでしょう。私はこれから、少しずつでも、目をそらさず祖母と向き合っていこうと思っています。
 一人一人が目をそらさないこと。それが、介護をする上で大切なことなのではないかと思います。